こんにちは。エグゼクティブコーチの野中祥平(のなさん)です。今日は、経営者にとって「最も難しく、最も重要で、そして最も愛が必要な決断」についてお話しします。それは、「あえて、部下を転ばせる」ということです。多くの優秀な経営者やリーダーは、ここができません。 なぜなら、「見えてしまう」からです。部下が迷っているとき、間違った方向に進もうとしているとき、私たち経営者の目には「あ、それじゃ失敗するな」「こっちが正解だな」というのが、手に取るように見えてしまいます。だから、つい言ってしまうんです。 「そこはこう因数分解して、この手順でやった方が早いよ」 「そのやり方だとここでつまづくから、先に根回ししておいた方がいいよ」これは一見、「優しさ」に見えます。 しかし、断言します。 幹部や右腕を育てたいのであれば、この「先回りした答えの提供」こそが、彼らの成長を止め、組織を弱体化させる最大の要因です。今日は、なぜ幹部候補を「あえて転ばせる」必要があるのか。 そして、転んだ彼らが自力で立ち上がり、あなたを超える人材へと覚醒するために、経営者はどう関わるべきなのか。その本質的なメカニズムについて、深く掘り下げていきます。第1章:なぜ「答え」を教えると、幹部は育たないのか?「優秀な作業員」をつくるのか、「経営者」をつくるのか私たちが育てたいのは、言われたことを完璧にこなす「優秀なオペレーター」でしょうか? それとも、予期せぬ事態に直面しても自ら道を切り拓ける「経営幹部(右腕)」でしょうか?もし後者なら、「正解ルート」を教えることは逆効果にしかなりません。経営者が課題をきれいに因数分解し、「はい、これをやってね」と渡す。 これは、補助輪付きの自転車に乗せ、後ろから支えてあげているのと同じです。 確かにその場では転びませんし、目的地には早く着くでしょう。しかし、そのメンバーは永遠に「バランスの取り方」を身体で覚えることができません。 「社長が支えてくれているから大丈夫」「社長の言う通りに漕げばいい」というマインドセットが固定化されてしまいます。「成功体験」だけでは、思考の枠組みは変わらない人は、成功体験からは「自信」を得ますが、「変革」は得にくい生き物です。 うまくいっている時、人は「今の自分のやり方(OS)は正しい」と認識を強化します。しかし、幹部としてもう一段上のステージに行くには、今のOS(思考の枠組み)を捨て、新しいOSにアップデートする必要があります。 プレーヤーとしてのOSから、マネージャーとしてのOSへ。そして経営者としてのOSへ。この「OSの書き換え(パラダイムシフト)」は、どういう時に起こるのか?それは、「今の自分のやり方では、どうしても通用しない」という壁にぶつかった時だけです。 つまり、「転んだ時」にしか、本質的な覚醒は起きないのです。第2章:「転ぶ」ことの効用|痛みが人を本気にさせる「このままじゃダメだ」という強烈な自己認識私が推奨するのは、再起不能になるような大怪我(倒産や巨額の損失)をさせることではありません。 「かすり傷」や「打撲」を、あえて経験させるということです。任せてみたプロジェクトが、納期ギリギリで炎上する。自分の読みが甘く、クライアントから厳しい指摘を受ける。メンバーの心が離れてしまい、チームが機能しなくなる。こうした「転倒」を経験したとき、優秀な人材ほど強烈な悔しさを感じます。 そして初めて、心からこう思います。「自分の何がいけなかったんだろう?」 「このままの自分じゃ、ここでは通用しない」この「健全な絶望」こそが、成長の種火です。 社長から「もっと視座を上げろ」と100回言われるよりも、自分で一度派手に転んで「痛い!」と感じる方が、100倍速く意識が変わります。「自分で決めた」という当事者意識の芽生え社長が答えを教えず、「君はどうしたい?」「君ならどうする?」と問い続け、彼らが自分で決断して動いた結果、転んでしまったとします。ここで重要なのは、それが**「自分で決めたことによる失敗」**であるという点です。社長に言われた通りにやって失敗したら、「社長の言った通りにしたのに…」と他責になります。 しかし、自分で決めて失敗したなら、その痛みは100%自分のものです。だからこそ、そこからの学びも100%自分の血肉になります。「自分で決めて、自分で転んで、自分で立ち上がって、自分で軌道修正する」このサイクルを回した数だけ、人は経営者へと近づいていきます。 それを奪うことは、彼らから「成長の機会」を奪うことと同義なのです。第3章:経営者の役割の転換|「ティーチャー」から「リソース」へでは、「あえて転ばせる」ために、経営者は具体的にどう振る舞えばいいのでしょうか? キーワードは、「待ち」のコミュニケーションです。1. 因数分解をしない。「問い」を投げて待つ課題を渡すとき、噛み砕いて渡さないでください。 「荒削りの岩」のまま渡してください。×「売上を上げるために、AとBの施策をやってほしい。手順はこうで…」 ◎「3ヶ月後までに、この事業を次のフェーズに進化させたい。君ならどう仕掛ける?」当然、彼らは悩みます。最初は的外れな動きをするかもしれません。 そこですぐに手を出さず、グッと堪えて見守るのです。2. 答えを持っていても、教えないこれが一番苦しいですが、一番重要です。 あなたの中には「正解(に近いもの)」があるはずです。 しかし、それを喉元で止めてください。そして、こう返します。 「なるほど、君はそう思うんだね。じゃあ、まずはそれでやってごらん」もしそれが失敗する道だとわかっていても、致命傷にならない限りは、あえてその道を行かせます。 彼らがその道の先にある「行き止まり」に自分の目で気づいて戻ってくるのを待つのです。3. 「社長」を「使い倒す」ことを覚えさせる転んで、痛い目を見て、自分だけではどうにもならないと気づいたとき。 初めて彼らは、プライドを捨てて「助けを求める」ようになります。ここで、経営者の役割が変わります。 「上から指示する人」ではなく、「活用すべきリソース(資源)」になるのです。部下:「社長、やってみましたが、うまくいきませんでした。壁にぶつかっています。知恵を貸してください」 社長:「よし、待ってたよ。じゃあ一緒に考えようか」この関係性が理想です。 「社長に答えをもらう」のではなく、「社長というリソースを使って、自分の課題を解決する」というスタンス。 これこそが、経営幹部に求められる「リソース活用の視点」です。社長の人脈、社長の決裁権、社長の経験値。 これらを「自分の手足」のように使いこなし、事業を前に進める力。 それは、一度自分の限界を知り、「自分ひとりの力なんてちっぽけだ」と悟った人間にしか持てない力です。第4章:社長自身が変わらなければ、幹部は変わらないここまで「部下をどう変えるか」を話してきましたが、実は一番変わらなければならないのは、社長自身です。なぜ、私たちは「待てない」のか?部下を転ばせられない理由。それは突き詰めると、社長自身の「恐れ」や「エゴ」です。失敗して数字が下がるのが怖い。「冷たい上司」だと思われるのが怖い。自分が解決して「さすが社長!」と言われたい(承認欲求)。自分のコントロール下に置いておきたい。部下が育たない原因の半分以上は、社長が「任せる器」になれていないことにあります。 部下の未熟さの問題ではなく、社長の「手放す勇気」の問題なのです。社長こそ、コーチングを受けるべき理由だからこそ、私は「社長自身がコーチングを受けること」を強くお勧めしています。なぜなら、社長自身もまた、 「自分で気づき、自分で考え、自分の認識を変える」 という体験をし続けなければならないからです。プロのコーチは、社長に答えを教えません。 「なぜ、そこで口を出したくなるんですか?」 「部下が失敗することの、何がそんなに怖いんですか?」 「本当に望んでいるのは、目先の成功ですか?それとも彼らの覚醒ですか?」そうやって問いかけられ、自分自身の「恐れ」や「思考の癖」に気づく。 「ああ、自分が彼らの蓋をしていたんだ」と腹落ちする。 自分がコーチングを受けて「内側から視点が変わる」という体験をするからこそ、部下に対しても同じ関わりができるようになります。「自分が変われば、世界は変わる」という自己効力感コーチングを通じて社長自身が、 「自分の関わり方を変えたら、部下が驚くほど自走し始めた」 「自分が手放したら、逆に組織が強くなった」 という成功体験を積むこと。これこそが、「自分さえ変われば、状況はいくらでも変えられる」という最強の自己効力感につながります。この感覚を持った社長は、強いです。 環境のせいにせず、部下の能力のせいにせず、「まず自分の在り方(Being)」を整えることで、組織全体に波及効果を生み出せるからです。おわりに:愛を持って、突き放そう「転ばせる」というのは、見捨てることではありません。 「君なら、転んでも必ず立ち上がれる」と、相手の可能性を誰よりも信じ抜くことです。もし今、あなたが「自分が全部やらなきゃ」と抱え込んでいるなら。 もし、「指示待ちの部下ばかりだ」と嘆いているなら。一度、勇気を持って手を離してみてください。 答えを教えるのをやめ、因数分解するのをやめ、ただ「問い」を投げて待ってみてください。最初はグラグラして、転ぶかもしれません。 でも、その痛みの中で彼らが自分の足で立ち上がり、 「社長、これ使っていいですか?」「こうしたいんで、承認してください!」 と、目を輝かせて向かってくる瞬間が必ず来ます。その時、あなたは**「孤独な経営者」を卒業し、「最強のチームのリーダー」**になっているはずです。人は、教えられたことよりも、転んで学んだことを一生忘れません。 愛を持って、転ばせましょう。 そして、傷だらけで帰ってきた彼らを、「よくやった、で、どうする?」と笑って迎えてあげられる、そんな懐の深いリーダーでありたいですね。おすすめ記事【経営者必見】キックオフミーティングで部下育成を成功させる10のプロジェクトマネジメント手法実際にプロジェクトマネジメントを通じて部下育成やリーダー育成をする方法について詳しく詳細に記載しています。10のプロジェクトマネジメントシートということで、10項目にまとめた質問シートも使えますので、ぜひ活用してみてください。経営者のマネージャー育成が失敗する理由|段階的に幹部候補を引き上げる7つの方法マネジメントする人をどうマネジメントするかという問いに対して、社長や経営トップが意外と答えを持っていないというケースが多いと思います。どういうタイミングで、どういう風な指導とか関わり、対話、コミュニケーションをしていくべきかというところに関して、右腕育成、リーダー育成に関する興味がある人に向けて書いた記事です。